7月11日(土)に、平塚市中央公民館で、「第四の被曝」を考える集いが開催されました。
講演は、ジャーナリストの金平茂樹氏が「日本人と原子力/忘却の果てにー広島・長崎・ビキニ・、そして第四の被曝の末にー」をテーマに話されました。
広島・長崎に続き、1954年ビキニ環礁での水爆実験で、多くの日本漁船が被爆し、第五福竜丸の久保山愛吉さんが原爆症で亡くなり、日本の原水爆禁止運動の原点となりました。日本国内には、原水爆廃絶の大きなうねりが拡がり、1960年の日米安保条約改定には、反対の声と運動が多くく広がっていきました。そのような状況の中で、1958年に、海上自衛艦の「拓洋」「さつま」がアメリカの水爆実験で被災する事件が起きたのです。この事実が公になれば、60年の安保改定はできなくなると考えた日米政府は、この「不都合な事実」を被害は軽微であるとして完全に抹殺しました。亡くなった自衛官 永野博吉さんの家族にも『口外しないよう』に要求したのでした。2024年9月NHKスペシャルで放映されて、初めて公になりました。また、永野さんのご家族が平塚に住んでいたことも、私たちにとっては驚きでした。
つどいには、広島・長崎で被爆された被災者の会の方、第五福竜丸乗組員 大石又七さんのご遺族、福島原発事故訴訟団、など全国から駆け付けていただいた方々からの貴重なお話が聞けました。
この事実をもっと広げ、世界から原水爆が廃絶できるように運動を広げ続けること、高市政権の下で軍備増強に進もうとしていることにストップをかけ、日本政府が核兵器禁止条約に参加・批准するようにさせることが、今、大切であることを改めて感じました。

