2026年9月21日月曜日

平塚市議会9月定例会の総括質問をおこないました

  9月定例会本会議での総括質問をおこないました。

 総括質問の要旨は、1、令和7年度一般会計決算から 2、平塚市の災害対策について(1)地震への対応 (2)水害への対応 3、市営住宅の空室について 3、ひらつかシーテラス供用開始から1年をむかえ  の大きく4つのテーマです。

 災害対策の中で、8月29日に神奈川県の「津波災害警戒区域」指定に向けた、市民説明会が開催されたことを受けて、指定に至った経過とこの時期に開催した理由を聞きました。

 当初は、ビーチパークやシーテラスを管理担当する、みどり公園・水辺課に聞くつもりでしたが、事前の面談で「説明会のことは聞いていない。開催後に聞いたので答えられない」とのことなので、災害対策に質問することにしました。今までの、議会質問の防災部局の答弁は、樹林帯伐採による津波への減災効果については「特別に龍城ヶ丘公園の整備に関して何かと言うものはありません」と言及を避けてきました。国交省の「津波の遡上の勢いを軽減し、津波被害を減殺させるため、河口部・海岸沿いに樹林帯を整備すること」ことを求めていることには言明を避けました。

 防災については、全庁で共有することが鉄則であるのに、管理担当するみどり公園課に、市民説明会について連絡しなかったのはどうしてかと聞くと、防災・危機管理監は「事務手続きなので、特に必要としなかった。」と答弁しました。近隣市はすでに指定されているのに、平塚市だけが指定されていなかった「津波災害警戒区域」指定に向けた市民説明会を、単なる「事務手続き」と言い切ってしまう答弁には驚くばかりです。

 さらに、市民説明会の市の資料中に、大津波高『10m以上』との表記があり、従来の説明では、最高津波高は9.6mとしていたことの説明を求めたところ、「県の資料を使った」と答弁しました。市の名前で出している資料に載せているのに、県の数値をそのまま載せている無責任さもあきれてしまいました。

 市民と約束した飛砂・風・塩の調査も、飛砂は事業者が2年かけて調査し、風・塩は2月~5月に市が調査したが、都市整備部長は「時期を見て公表する」と、公表時期も明確にしませんでした。今までもそうでしたが、龍城ヶ丘公園整備については、あまりにも不親切・不可思議なことが多すぎます。


 

2026年8月29日土曜日

熊本地震緊急募金活動を行いました

  8月22日(土)の夕方16時から1時間、平塚駅北口前で、第2回目の熊本地震緊急募金活動を行いました。少し雨がぱらつく天気の中でしたが、ご夫婦連れや子どもさんからも募金していただきました。募金額は、11,730円でした。

 1回目は、8月2日に行い、募金額は18,572円で、その後にお寄せいただいた募金と合わせ、27,072円を日本共産党災害募金係に送金しました。募金は、全額被災者救援、被災自治体支援のために被災地に届けています。




2026年8月24日月曜日

8.16 「市民平和の夕べ」が多くの市民の参加で開催されました

 8月16日(日)、夕方の6時30分から、総合公園の大池付近を会場に開催されました。

  開始時間前から、灯ろう流しの順番を待つ市民の列が例年以上に長くなってしまい、受付開始を早めることになりました。多くの家族連れが参加され、特に、小さな子供さん連れの家族が例年よりも多いように感じました。「灯ろう」に平和への願いを書いて、大池に「灯ろう」を流していただきました。

 今年は、当日ボランティアの方が多く、スムーズに取り組めました。今年も私はI LOVE PEACE事業運営委員として参加しています。議員になる前から参加しているので、すでに15年以上関わっています。

 今年は、灯ろう流しをされる来場者数も、市民団体が取り組む署名も約150筆あり、高市内閣の『戦争する国づくり』に向けた軍事費拡大や非核三原則見直し発言への危機感からか、例年より多くなりました。


  市長と、最初に並ばれた市民代表、合唱をする平塚中等学校の生徒代表(2人)が、最初に「灯ろう」を大池に浮かべました。


七夕まつりで使用した竹を再利用した「竹飾り」と大池の水面に浮かぶ「灯ろう」がきれいです。

8.15 終戦の日に核兵器廃絶と恒久平和を訴えて市内を駆け巡りました

 8月15日(土)、終戦の日に、市内を宣伝カーで駆け巡り、核兵器廃絶と恒久平和を訴えました。所々では、立ち止まっての訴えも行いました。訴えたのは、私と松本敏子議員団長、藤井ひろのり くらし・福祉相談室長の3人で、交代しながら訴えました。

  「共産党に頑張ってもらわなければ」などの励ましの言葉や、立ち止まって聞いてくれる方もいて、励まされました。

 夕方からは、平塚駅北口での市民スタンディングにも参加しました。


           市民スタンディングにて

2026年8月14日金曜日

8月9日 長崎原爆に日に「平和の鐘」を撞きました

  8月9日、長崎原爆の日に、地域の「新日本婦人の会」が企画した、「平和の鐘」の取組に参参加し、二度と核兵器を使うような戦争が起きないこと、一日も早く日本政府が「核兵器禁止条約」に参加・批准することを願い、戦争被災者への哀悼の思いを込めて、徳延神社で「平和の鐘」を撞きました。



教育民生常任委員会の視察に行ってきました

  8月5日(水)~6日(木)の日程で福島県二本松市と宮城県白石市の行政視察を行いました。

 5日の福島県二本松市では、「二本松市小中一貫教育」について、6日の宮城県白石市では、「英語特区の推進と英語教育の充実」についてです。

 いずれの市も、急激な人口減少が大きな問題となっており、それに伴い小中学校の児童生徒が今後急速に減少が進むと想定される中での教育の在り方について模索しながら検証を続けている真剣な実態が見られました。特に、白石市での教育長さんからの熱い思いを込めたお話には感動しました。内容は、後日議員団ニュースで報告します。

二本松市にて


白石市にて





2026年7月29日水曜日

今年も平塚空襲の日の市民キャンペーン行いました

 7月16日に、「平塚市I LOVE PEAS事業運営委員会」が、ららぽーと平塚店内のコンコースを利用して市民キャンペーンを行いました。私も毎年参加して、来場された市民のみなさんに、説明しチラシとポケットティッシュをお渡ししました。市民の中には、15分ほども説明をお聞きいただき、展示物も丁寧に見られる方もいました。

 また、8月16日(日)、夕方18時半からには、総合公園大池周辺で「市民平和の夕べ」が開催され、平和の灯ろう流しが行われます。私は今年も運営委員として参加します。市民のみなさんの来場をお待ちしています。

 




2026年7月19日日曜日

旭のたまり場の草刈りをしました

  旭のたまり場としてお借りしているYさん宅の草刈りを、地域のみなさんとしました。

 集まったのは、私を入れて総勢8人、朝9時から、途中30分ほどに休憩を入れて、2時間ほどかかりました。汗びっしょりになりましたが、家周りは何とか終わりました。




2026年7月15日水曜日

「第四の被曝」を考える講演のつどいに270人が参加

  7月11日(土)に、平塚市中央公民館で、「第四の被曝」を考える集いが開催されました。

 講演は、ジャーナリストの金平茂樹氏が「日本人と原子力/忘却の果てにー広島・長崎・ビキニ・、そして第四の被曝の末にー」をテーマに話されました。

 広島・長崎に続き、1954年ビキニ環礁での水爆実験で、多くの日本漁船が被爆し、第五福竜丸の久保山愛吉さんが原爆症で亡くなり、日本の原水爆禁止運動の原点となりました。日本国内には、原水爆廃絶の大きなうねりが拡がり、1960年の日米安保条約改定には、反対の声と運動が多くく広がっていきました。そのような状況の中で、1958年に、海上自衛艦の「拓洋」「さつま」がアメリカの水爆実験で被災する事件が起きたのです。この事実が公になれば、60年の安保改定はできなくなると考えた日米政府は、この「不都合な事実」を被害は軽微であるとして完全に抹殺しました。亡くなった自衛官 永野博吉さんの家族にも『口外しないよう』に要求したのでした。2024年9月NHKスペシャルで放映されて、初めて公になりました。また、永野さんのご家族が平塚に住んでいたことも、私たちにとっては驚きでした。

 つどいには、広島・長崎で被爆された被災者の会の方、第五福竜丸乗組員 大石又七さんのご遺族、福島原発事故訴訟団、など全国から駆け付けていただいた方々からの貴重なお話が聞けました。

 この事実をもっと広げ、世界から原水爆が廃絶できるように運動を広げ続けること、高市政権の下で軍備増強に進もうとしていることにストップをかけ、日本政府が核兵器禁止条約に参加・批准するようにさせることが、今、大切であることを改めて感じました。









2026年7月4日土曜日

平塚市議会で初の請願者の意見陳述が実現しました  請願は不採択となりました。

長らく休んでいましたが、久しぶりの投稿をします。 今後は、無理のない範囲での投稿を進めます。

 平塚市議会では、請願者の意見陳述することは認められていましたが、陳述の可否を審議する議会運営委員会で全員の賛成が条件となっていました。私たち議員団は、今までも陳述の実施を要求してきましたが、全員の賛成を得ることができず、実現していませんでした。

 6月8日に行われた議会運営委員会で、委員全員が初めて賛成し、陳述できることになりました。6月24日(水)に開催された教育民生常任委員会で、請願者による陳述が初めて行われました。私は、教育民生常任委員会の委員として審議に参加しました。

残念ながら常任委員会表決では、請願自体は不採択となりましたが、意見陳述が実現したことは、より開かれた議会にむけての大きな一歩が示されたと感じています。一般紙に掲載されていた、陳情の委員会付託率0%・県内最低などの記事も、いままで、一貫して反対してきた委員・会派の意思に影響が出たのではと推測しています。

「新中央公民館建設を求める請願」は、賛成少数で不採択となりました

 24日(水)に開催された教育民生常任委員会では、私が「採択」すべきとの討論を、公明ひらつかの上野委員が「不採択」との討論をおこないました。常任委員会では「採択」2名、「不採択」3名となり、賛成少数で「不採択」となりました。

 30日(火)に開催された本会議最終日では、共産党議員団を代表して 私が、しらさぎ・無所属クラブから はた議員が、無所属の佐藤由美子議員が「採択」すべきとの討論をおこないました。「不採択」との討論はありませんでした。   

表決結果は、「採択」が7名、「不採択」が18名となり、賛成少数で「不採択」となりました。市民の熱い思いに応えられず、大変残念な結果となりました。

2025年6月12日木曜日

前進座の公演に行ってきました

 

 6月7日(土)に、東京池袋サンシャイン劇場で開催された、日本共産党南関東ブロックの神奈川・千葉・山梨の3県後援会主催の「前進座」公演観劇会に行ってきました。平塚からは中型バスを一杯にして25人ほどで参加しました。

 山田洋次監督の監修・脚本による「裏長屋騒動記」です。山田監督らしい、底抜けの可笑しさで庶民の悲哀と歓びを伝え、明るく温かみのあるお芝居でした。参加された方々からは、「大変良かった」との声が出されました。

 公演の最後には、志位議長の挨拶がありました。参議院選神奈川選挙区のあさか由香候補も最後まで観劇されていました。


2025年6月6日金曜日

日産は雇用・下請けを守れと、県・労働局に申入れ

  5月27日(火)、日産の2万人リストラ、横須賀工場と日産車体の湘南(平塚)工場閉鎖とのマスメディアの報道を受け、神奈川県と神奈川労働局に申入れを行いました。申し入れを行ったのは、はたの君枝元衆議院議員・あさか由香参議院神奈川選挙区候補、神奈川県議会議員団、横浜市議会議員団、横須賀市議会議員団、及び平塚市議会議員団からは松本敏子団長と私の2名が参加しました。

 要請した内容は、①日産自動車に対し、最大限の雇用継続を保障し、地域経済への負の影響を回避するよう強く働きかけること。②対策本部会議を早急に設置し、県内自治体や労働組合等との連携体制を構築し、相談窓口を開設すること。などです。

 労働局からは、「日産自動車の訪問があった。報道が先行しているが、まだ何も決まっていない。」との話があった。」また、「大した問題にはならないとは考えていない。関係する各ハローワークには状況把握をしっかり掴むように指示はしている」などの回答がありました。

 平塚市の担当部署からは、「日産車体の訪問があり、副市長が対応した。まだ何も決まっていない。今後も情報提供・情報共有はしっかり行っていきたい。」との話がされたとのことです。以前に、日産車体第1工区が閉鎖されたときには、派遣労働者の大量雇止めや関連事業者の受注が大幅に減らされるなど、大きな影響がありました。行政として日産車体に雇用確保と関連事業者の営業確保を最大限守るように強く求めるべきです。



2025年5月23日金曜日

雨の中、平和行進で二宮まで歩きました

今年は、終戦・被爆80年をむかえます。また、平塚市にとっては平塚空襲から80年目となり、「核兵器廃絶都市宣言」40周年をむかえる節目の年でもあります。

2025年の平和行進が5月17日(土)に平塚市役所から大磯町役場を経由し二宮町生涯学習サンタ―(ラディアン)までのコースで行進しました。あいにくの雨に中ではありましたが、60人ほどの参加者が集まりました。



9時から始まった平塚市役所前の出発集会には、今年は落合平塚市長も参加し、メッセージを寄せていただきました。また、大磯町の池田町長、二宮町の村田町長も昨年に続き参加してメッセージを寄せていただきました。村田町長は、二宮駅前の「ガラスのうさぎ像」前で、参加者と一緒に「ガラスのうさぎ」の歌を歌ってもらいました。行進の先頭で、市内在住の二十歳の若者とわかやま市民生協からリレー参加している若者が一緒に歩いてくれました。

ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザ無差別攻撃が続き、停戦の実行が見えてきません。戦火の中で、多くの子どもたちやお年寄りなど、なんの罪もない命が失われています。一刻も早い戦争の終結を世界中が願っています。そんな中でも、国連の「核兵器禁止条約」が発効して4年余り経ち、国連加盟国の半数を超える国々が賛同しています。

核兵器のない世界の実現に向け、唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約への調印、批准を日本政府に求める広範な世論のうねりを起こしましょう。私は二宮まで先頭で行進し、松本敏子団長も大磯役場まで行進しました。 

2025年5月5日月曜日

横浜のメーデーに参加して来ました

  5月1日(木)横浜沢渡中央公園で開催されたメーデーに参加してきました。暑いくらいの晴天の下で、第96回神奈川・横浜メーデーが行われました。1000人を超える参加者でいっぱいになった会場からは、あちこちから元気な声が飛び交っていました。私も生協のかつての仲間とも久しぶりに再開し旧交を温めました。日本共産党からは、あさか由香参議院神奈川選挙区予定候補者が「労働基準法の改悪をさせてはならない。7時間労働制を法律に書き込ませよう」と力強く訴えました。集会後のデモ行進には、はたの君枝元衆議院議員も駆けつけ参加しました。




緑化まつりで平和の呼びかけ

  4月27日(日)、総合公園広場で行われた緑化まつりで、I LOVE PEACE運営委員会の取組として、平和の呼びかけを来場者に行いました。平和へのメッセージをシールに書いてもらいボードに張り付けてもらいました。小さな子どもたちから高齢のご夫婦など多くの方が「世界平和」「平和が一番」「みんな仲良く」など思い思いの言葉で、午前中だけで用意したボード4枚が一杯になりました。



 午後からは、横浜に向かい、桜木町で開かれた「2025年度原水爆禁止神奈川県協議会定期総会」に参加しました。神奈川県原爆被災者の会会長の丸山進さんの挨拶などがあり、県内且つ力の活動が元気良く報告されました。



2025年4月22日火曜日

鎌倉市議選の応援に行ってきました


 20日(日)告示で鎌倉市議会議員選挙が始まりました。

私は、告示前の17日(火)と19日(土)に、吉岡和江さんの応援に行ってきました。

いずれも、2人1組でハンドマイク宣伝を行いました。「頑張ってください」「チラシ読ませてもらいます」など声をかけてくれる方も何人かおられて、元気をもらいました。

吉岡和江さんの8期32年の実績と行動力には頭が下がります。何としても、27日夜には笑顔で迎えたいと
思いました。

政策チラシを掲載しておきます。また、1軒の壁にいろいろな政党や候補者のポスターが壁いっぱいに張られているお宅が何軒かありました。平塚ではほとんど見かけたことがない光景に、ところ変われば違うものと驚かされました。




2025年4月14日月曜日

いちご市民の会総会がおこなわれました 「レッド・パージ」上映会も実施

  先日、4月5日(土)に、いちご市民の会の総会が行われました。2024年度の活動と会計決算が報告され、2025年度の方針と予算が提案され、承認されました。活動方針では、国政の動きだけでなく、地域の状況と具体的取り組みをもっと深めてほしいとの意見が出され、多くの参加者からも賛同を得ていました。

 平塚市、茅ヶ崎市、大磯町の2市1町から地方議員が参加しました。平塚市からは、日本共産党平塚市議会議員団の松本敏子団長と私が参加し、れいわ新選組から端文昭議員、無所属の江口友子議員が参加しました。茅ヶ崎市からは日本共産党の金田議員、大磯町からは同じく日本共産党の鈴木京子議員が参加しました。

 総会終了後には、DVD鑑賞「レッド・パージ」が上映されました。戦後最大の人権侵害・思想弾圧事件である「レッド・パージ」も被害者が高齢化し、亡くなる方も増える中で風化が危ぶまれています。運動を次の世代につなげ、『あらたな戦前』という言葉が現実のものにしないためにも、実態を知り民主主義を守る運動を強く感じました。

 ちなみに、2枚目の写真は、2019年の国会行動で、横断幕を持って先頭左側を行進しているのが、私です。真ん中にいる加藤桝治さん(故人・平塚旭地域にお住まいで、神奈川県レッド・パージ反対同盟副委員長)存命時に、3年ほど一緒に国会請願行動に参加しました。




2024年1月10日水曜日

能登半島地震の募金活動を取り組みました

  1月8日成人の日に、平塚駅北口ラスカ前で、能登半島地震支援募金活動を、14時~15時の1時間でしたが取り組みました。直前に呼びかけたにもかかわらず、10数人の方が参加していただき、ハンドマイクで募金のお願いを行いました。

 しんぶん赤旗に折り込んだチラシを見て、自転車で駆けつけてくれた方、外国人の5人家族の10代の子どもさん2人がはにかみながら、「今、細かいのがないので、くずしてきます」と言って改めて届けに来てくれた方など、多くの方が募金に応じていただき、わずか1時間の間に、60,140円もの募金が集まりました。いただいた募金は、早速振り込みを行い、日本共産党中央委員会を通じて全額被災地の自治体の募金させていただきます。

 「ほんの気持ちですが」と言って募金をしていただきましたが、皆さんの温かい気持ちがとても嬉しくなりました。



2024年1月3日水曜日

物価高騰から市民の生活と中小業者の営業を守る年に

  久しぶりのブログ更新となりました。
 2024年は、元日から、能登半島を中心とした大地震が発生し、多くの命が失われ、建物倒壊やライフラインの寸断によって多くに方が避難生活をせざるをえない大事件が発生してしまいました。亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、少しでも早い支援体制が作れることを念願しています。また、昨日には羽田空港での日航機と自衛隊機の衝突事故、本日も、博多商店街での火災発生と大きな事件が新年早々立て続けに起こってしまいました。
   








2024年元旦  平塚海岸から昇る初日の出  昨年より多くの人出で賑わっていました

 年が明けても、物価高騰は収まる様子がありません。昨年1年間、食料品だけでも、延30000品目を超える値上が繰り返され、賃金も年金も物価上昇には全く追いついておらず、生活はますます厳しさを増すばかりです。

 平塚市内の事業者数は、金属製同業では、30年前の1994年には約100事業所あったものが、2021年には約40事業所に、小売・卸業では、同じく3353事業所が1706事業所まで半減してしまいました。国の物価高騰に対する対策ができていないことが大きな問題ですが、平塚市も地方法自治体として、中小事業者がいきいきと営業できるようにあらゆる対策を取るべきです。

 今年1年も、子育て支援と共に、中小事業者の営業を守り、障がい者も高齢者も、健康でいきいきと暮らし、活躍できる平塚市を目指し、今年も全力を尽くします。



2023年7月9日日曜日

はたの君枝さんと平塚七夕に

 元衆議院議員のはたの君枝さんが平塚七夕に来られました。

コロナ禍で数年ぶりの平塚七夕訪問となりました。

はたのさんも浴衣を着て、女性支持者を中心に一緒に七夕を見学しながら歩きました。