2016年5月19日木曜日

今年も平和行進が平塚にやってきました

馬入橋際で茅ヶ崎からの行進団を迎えました

 59回目を迎えた平和行進が、57日に、ビキニ環礁の水爆実験で被爆した第5福竜丸が展示されている東京夢の島公園を出発し、平和な世界、核兵器廃絶を訴えて、今年も平塚にやってきました。 

16日は茅ヶ崎からの行進団を出迎えに、馬入橋際まで駆けつけ、行進団と一緒に平塚市役所中央図書館前まで行進しました。図書館前では総務課職員が用意してくれた冷たい麦茶でほっとしました。

17日は、早朝から雨となり、例年よりは少なくなりましたが、出発集会には約100人の方が中央図書館前に集まりました。
二宮駅前で「ガラスのうさぎ像」の説明を受ける行進団
今年は、出発集会の前に、20名ほどの皆さんがフラッシュモブ(ダンス)で盛り上げました。

議員団は、臨時議会のため出発集会や行進に参加できませんでしたが、髙山和義議員が二宮駅前に駆けつけ、最後の二宮町役場まで一緒に行進しました。
 










 二宮町役場では、到着集会の後、村田邦子二宮町町長と根岸ゆき子二宮町議会副議長が「ガラスのうさぎ」を行進参加者と一緒に熱唱し、折鶴を行進団に託しました。ちなみに、お二人とも女性です。


5月臨時議会で常任委員会等の構成が決まりました

517()に平塚市議会の臨時会が開催され、4つの常任委員会並びに議会運営委員会の構成が決まりました。共産党議員団は、都市建設を除く3常任委員会を担当します。尚、議会議長及び副議長については、2年を申し合わせとしているので、今回は改選がありませんでした。
  議長;府川正明(湘南フォーラム)継続2年目

  副議長;端文昭(無会派)継続2年目
常任委員会名
委員名;     ◎は委員長、○は副委員長
総務経済常任委員会
渡辺敏光(共産党)、佐藤貴子(清風)、柏木徹(創生)
端文昭(無会派)、◎黒部栄三(清風)、○永田美典(公明)、出村光(フォーラム)
環境厚生常任委員会
松本敏子(共産党)、野崎審也(清風)、臼井照人(創生)、江口友子(無会派)、○須藤量久(清風)、鈴木晴男(公明)、◎内堀祐一(フォーラム)
教育民生常任委員会
髙山和義(共産党)、◎数田俊樹(清風)、伊東尚美(公明)、片倉章博(清風)、府川勝(無会派)、○金子修一(創生)
小泉春雄(フォーラム)
都市建設常任委員会
諸伏清児(清風)、小笠原千恵美(公明)、◎秋澤雅久(公明)、坂間正昭(清風)、吉野和美(創生)、○山原栄一(フォーラム)

議会運営委員会
髙山和義(共産党)、○数田俊樹(清風)、野崎審也(清風)、臼井照人(創生)、鈴木晴男(公明)、◎山原栄一(フォーラム)

2016年4月13日水曜日

要支援者の介護予防が保険外しで地域に丸投げに!

地域支援を考える2つのシンポジウムに参加して
3月に、新しい地域支援事業を考える2つのシンポジウムに参加しました。1つは、横浜で開催された、かながわ社会保障学校の介護シンポジウムです。事業者やヘルパーなど実際の介護に携わっている、現場の立場からの報告がされました。過酷な低待遇の労働実態が生々しく話され、市町村ごとに地域支援が大きく異なることの問題点が出されました。横浜市や川崎市の実施事例が資料で出されましたが、平塚市とは全く異なるものでした。
介護予防事業を地域ボランティアに丸投げはおかしい
2つ目は、平塚市で開催された「新しい地域支援を考えるフォーラム」です。講演をされた「さわやか福祉財団」の会長から、町内福祉村が全国のモデルになる事業であり、それぞれが違う成り立ち、違う取り組みを進めているのが良いと話されていました。地域の相互助け合いとして自主的なボランティアを進めるのは大切なことです。しかし、今まで介護保険制度の中で全国一律に実施していた要支援者の訪問介護と通所介護の介護予防事業が、地域ボランティア活動に丸投げして「地域で支え合え」というのはあまりにも無責任であり乱暴です。
元市職員もとんでもない制度と憤慨!市民からも不安の声が!
長い間福祉に携わってきた元市職員も「こんなことが始まったら安心して介護も受けられない。国が進めるべき事業を福祉村に責任を負わせるなんてとんでもない。」と憤慨していました。

新年度からの実施に向けて、各地域で関係者への説明会が開催されました。地域福祉村に携わっている方からも、「市は、今までと変わらないといっているが、今まではボランティアでよかったが、これからは責任が大きくなる。不安だ。」という意見も出されています。

平塚市議会3月定例会が終了しました

市議会3月定例会が終了しました
私は、3月定例会では、会派を代表して代表質問を行いました。
初日に、議員報酬の引き上げが可決されました
3月定例会には、議員の期末手当を0.1か月引き上げる提案が提出されました。事前の会派代表者会で提案され、私は「市民生活が大変な時に、引き上げは市民に理解されない。やるべきではない。」と主張しました。他の一部会派も引き上げるべきでないと強く主張していました。
本会議での表決の結果は、共産党議員団と無所属議員ほか7名の議員が反対をしました。会派代表者会では強く反対を主張していた会派も賛成をして可決されました。
一昨年9月議会で「議員も身を削るべき」と主張して議員定数の削減をした他会派議員が、舌の根も乾かない内に議員期末手当の引き上げに賛成することは全く道理に合いません。市民の皆さんにどう説明するのでしょうか。
小児医療費拡大など評価します
2016(平成28)年度平塚市一般会計予算には、私たち議員団が要望している、福祉や子育てを中心に何点かの評価できる予算が組まれています。
具体例としては、
●小児医療費の無料化が中学3年生まで。(こども家庭課)
14回の妊婦健診の助成額もこれまでより14000円アップ。(健康課)
●新年度から育休退園なしに。(こども家庭課)
●生活保護の「勤労控除」の見直し。(生活福祉課)
●特養ホームが真田地域と東八幡地域に新設。(高齢福祉課)
●高等技能訓練促進費が増額に。(こども家庭課)
●社会福祉協議会のしおりを新入学説明会で配布。(福祉政策課)
●生活困窮世帯の生徒への学習支援の対象者広げる。(生活福祉課)
●市民病院への一般会計繰入金を増額。(財政課)      などです。
学校教育費の大幅削減などに反対

教育費総額で4億円余の大幅な削減がされました。施政方針で述べられている、若い世代に「選ばれるまちひらつか」にも逆行する予算措置といえます。全体の予算を削減するためだけに学校教育予算を大幅削減することは認めることはできません。

2016年3月14日月曜日

海軍工廠(火薬廠)跡の探訪に参加しました

 3月12日(土)、旧日本軍は湘南に何を残していったのか―平塚にあった相模海軍工廠跡を訪ねて歩く―に参加しました。当日は40名の市民が参加しました。現地での説明は、歴史を学ぶ市民の会・神奈川代表の北 宏一朗さんが丁寧に説明をしていただきました。

 平塚警察署や平塚市美術館が建っている辺りは、戦時中、相模海軍工廠があり、毒ガスを製造する工場でした。日本が戦争に負けると工廠の軍幹部は戦犯になることを恐れ、毒ガス兵器を地中に埋めてしまいました。
 このことは戦後秘密とされてきました。2003年4月~6月にかけて、平塚第二地方合同庁舎を建設する予定で土壌を掘削したところ、青酸や硫酸などの有毒物質が入ったガラス瓶が出て、工事作業員が負傷する事件が発生しました。発見された有毒物質のガラス瓶は445本に上りました。土壌からは環境基準の6倍ものヒ素も検出されました。
 同場所は、現在、西八幡臨時駐車場として活用されています。調査したのは駐車場の南半分のみで、北半分は調査もされず、厚さ5cmのコンクリートで覆ってしまったことが、当時の新聞にも報道されています。

 文化公園にD52が展示されているのは多くの方が知っています。しかし、なぜここに機関車がと思った方もいるのではないでしょうか。平塚駅から海軍工廠への物資運搬に引き込み線が引かれていた名残りですが、そのことを説明する掲示はありません。

 ほとんど市民には知らされていませんが、交通安全協会前には、「史跡 海軍技術研究所科学研究部 相模海軍工廠科学実験部跡」の石碑がひっそりと建っています。

 高砂香料(株)北側には戦時中からの壁が現存しています。かなりに長さで残っているのですが、老朽化もあり、そのうちに建替えられてしまうかもしれません。戦争遺跡として保存が必要です。

 八幡公園北側の地には、戦後23年間も、毒ガスの原料となるフェニール亜吡酸が入ったドラム缶500本もが野ざらしで放置されていました。直接体に触れると発疹を起こし、吸い込むと肺炎に似た症状で死に至ることもあります。



 

 

 

2016年3月7日月曜日

さよなら原発ひらつかウォーク

 3月5日(土)に、まちかど広場で「さよなら原発ひらつかウォーク」が開催され、200人近い市民が参加しました。
 

日本共産党平塚市議会議員団からは、渡辺敏光、松本敏子、髙山和義の3名の市議会議員が参加しました。また、大蔵元平塚市長と端文昭議員、江口友子議員も参加しました。壇上で紹介され、一言づつ挨拶しました。日本共産党参議院神奈川選挙区予定候補のあさか由香さんも駆けつけ挨拶されました。



 集会では、NPO法人ひらつかエネルギーカフェ代表の田中良治氏が、原発なしでエネルギーは間に合うというテーマで、数字を示して発言されました。また、福島原発かながわ訴訟原告団団長の村田弘氏、福島の親子とともに・平塚代表の小嶋倫子氏からは、福島原発被災者の現状が報告されました。
 

最後に、障がい者の演劇団体「湘南亀組」のパントマイムが演じられ、隊列を組んでオリンピックシティ近くの長姫児童公園までデモ行進しました。
 

2016年2月15日月曜日

作家火坂雅志の墓前に行ってきました

 歴史小説家 火坂雅志氏のお墓が平塚にあることをご存知でしょうか。先日、伊勢原に所要の帰路、尋ねてみました。場所は、豊田打間木の慈眼寺です。
 
火坂氏は、2015年2月26日に58歳の若さで亡くなりました。平塚にも一時、八重咲町の弦斎公園横に住まわれていました。村井弦斎を大変尊敬され、弦斎を主人公にしたミステリ『美食探偵』も書かれています。
 慈眼寺には、村井弦斎氏のお墓があります。火坂氏は、「弦斎さんのそばで眠りたい」と望まれて、慈眼寺に葬られることになったとのことです。
 
 火坂氏のお墓には、大河ドラマにもなった、戦国上杉家の宰相直江兼続を主人公にした小説名『天地人』の由来にもなった、「天の恵 地の利 人の心」という言葉が刻まれています。
 
 3枚目の写真は、村井弦斎氏のお墓と案内碑です。